バイエル薬品大動物シンポジウム 2019
菊地 実 先生
講演3

乳牛周産期の栄養・飼養管理

きくち酪農コンサルティング株式会社 代表取締役
菊地 実 先生

酪農発展のキーワードとして、文明と文化、そしてコストが挙げられる。文明を支えるのは、衛生と効率。衛生面を改善し、効率化を図る必要がある。文化を支えるのは、教育。若い酪農家や、機械業界など周辺の業界を正しく教育する必要がある。コストのカギを握るのは、品質管理。牛の価格は、初妊牛だけでなく育成牛も下がっている。牛乳で利益を出さなければ、酪農は破綻する。酪農を取り巻く経済環境の変化は、社会・経済の動向と密接な関係があり、個人の思惑を越える。酪農産業の方向性として、①規模拡大、②単位生産量の向上、③品質の向上、を考えなければならない。そのことは、乳牛周産期の栄養・飼養管理と密接に関わってくる。

日本で経産牛1頭あたりの乳量が上がらない背景には周産期疾病がある。

スライド1:経産牛一頭あたり乳量の推移
スライド2:1935年以降の米国の乳業の変化
スライド3:タイストールのネックレールの取り付け位置

アメリカとEUと中国と日本とニュージーランドの牛乳生産量を見ると、2009年から2018年までの間で減少しているのは日本だけだった。アメリカの酪農家戸数は減少しており、すでに40,000戸を切っているが、生産量は増加している(スライド1、2)。

経産牛1頭あたり乳量の推移を国別で見ると(スライド1)、1985年から2005年までは各国ほとんど変わりがないが、次の8年間でデンマークやアメリカは10%以上伸びている。それに対し、日本は3%前後しか伸びていない。1頭あたりの平均乳量は、近年すでにアメリカもデンマークも10,500kgほどになっているが、日本は8,200~8,300kg。2,000kgもの大差がついている。アメリカも頭数は減っているのに、1頭あたりの乳量は上がっていくから、国家の生産量はむしろ増えている。日本はすでに横ばい。これには周産期疾病の影響があると考える。

26研究機関、154個の研究を分析し、1970年から2014年までの米国搾乳牛の消化効率を調査した報告では、44年間で乾物とNDFの消化率はほぼ変化していない一方で、DMIと乳量は1.72倍と1.99倍になっている。牛体が大きくなりDMIの絶対量が増加すると、摂取・消化した飼料を乳量に回していく、つまりは飼料効率が改善してきている可能性がある。

乾物摂取量は、言うまでもなく栄養濃度を支配している。多く食べられれば、濃度を下げられる。もう一つ、栄養濃度を支配しているのは環境。当然だが、環境が悪いほど摂取量は下がる。規模の拡大をめざしても、コストが下がっておらず、生産量が上がっていなければ意味がない。生産量が上がらない背景の一つが、牛舎環境だ。牛舎は極論を言えば、換気と牛床しかない。そこを改善する必要がある。タイストールで頸部に瘤があるのは、ネックレールの位置の問題。取り付け位置を修正することで、乾物摂取量が増え、頸部の瘤が激減するなど、牛に明らかな変化が見られた(スライド3)。

周産期病発生のリスクを下げ、乳と牛、酪農における2つのロスを軽減。

スライド4:周産期病の発生は?
スライド5:周産期病の発生要因

酪農では乳と牛、2つのロスを減らすことが課題となってくる。乳のロスには、搾ったけれど乳房炎でバルクに入らない、摂取したエサが乳になっていない、乳房の中の乳を合理的に搾っていない、などが挙げられる。牛のロスは、死亡はもちろん、死んだも同然な状態になってしまうこともそうだ。

分娩は健康と疾病、その分岐線にかかる灰色領域だと言える。高泌乳牛は、遺伝的能力が向上したこともあり、周産期病発生のリスクが高まっている(スライド4,5)。NEFA増加、低Ca血症はほとんどの高泌乳牛で生じる。また、不適切な飼養管理が加わると、代謝機能が阻害され、周産期病が多発し、乾物摂取量・乳量の減少や受胎率低下、淘汰につながっていく。

この問題をクリアしなければ、規模拡大などの方向性をめざせない。規模拡大のブレーキ要因は、依然として低Caとケトーシスだが、中期的には、粗飼料の品質と量および初産牛の体格が関わってくる。中期的な要因は、2~3年あれば改善できると考える。

分娩後、亜臨床性低Ca血症(SCH)の罹患率は、初産で2%、2産で40%、3産以上で66%。経産牛は分娩1週前のCaが2.4mmlo/L(=9.6mg/dL)以下で、SCH発症リスクが1.4倍になる。

潜在性低Ca血症のリスクは、まず健康が損なわれること。子宮炎、第四胃変位、乳房炎、潜在性および臨床性ケトーシス、免疫機能の低下につながる恐れがある。そして、泌乳量の減少。妊娠率の低下や空胎期間の延長など、繁殖成績のさらなる低下にもつながる。慢性潜在性低Ca血症になれば、疾病発症度合の増加と空胎期間のさらなる延長も招く。

分娩性低Ca血症や周産期のエネルギー不足を防ぎ、生産性の向上をめざす。

スライド6:分娩後1回のCaの静脈注射(Ca-IV)とCaの経口給与(Ca-Oral)における血中Ca濃度の推移
スライド7:Caの静脈注射(Ca-IV)とCaの経口給与(Ca-Oral)における血中Ca濃度推移の結論
スライド8:乳牛の分娩前後の血漿中ビタミン濃度
スライド9:周産期のエネルギーバランスと卵細胞の発育①
スライド10:周産期のエネルギーバランスと卵細胞の発育②

分娩性低Ca血症の発生要因は、①KあるいはNa過剰摂取による代謝性アルカローシスによって、副甲状腺ホルモン(PTH)受容体の機能が低下し、活性型ビタミンD低下によるCa吸収量減少・骨吸収減少が起こること、②妊娠牛の低Mg血症により、PTH分泌量減少とPTH受容体の機能低下が起こること、が考えられる。予防としては、①飼料配合、コーンサイレージ利用によるK低減あるいはNaの低減、②陰イオン塩の給与、③Mg剤の給与、④CaとPの給与、が挙げられる。

血中Ca濃度の推移を見たところ、分娩後1回のCaの静脈注射(Ca-IV)は、Caの経口給与(Ca-Oral)に比べて、Ca恒常性に不均衡をもたらす可能性があった(スライド6)。Ca-IVでは、血中Ca濃度は一時的に大きく上がるが、その後はCa-Oralを下回る。Ca-IVは麻痺など明らかに症状が出ている場合のみに適用すべきだと考える(スライド7)。

低Mg血症は、 低Ca血症を起こす主因の一つである。上皮小体からのPTH分泌を低下させ、PTH受容体等の構造的変化を誘導した結果、PTHに対する反応を変化させる。分娩前飼料に0.4~0.5%のMgを添加することで分娩時の低Mg血症は防ぎやすくなる。

乳牛の分娩前後の血漿中ビタミン濃度を見ると、分娩時に脂溶性ビタミンは大きく失われている。初乳中への脂溶性ビタミンの多量分泌が一因だが、脂溶性ビタミンの低下は免疫機能を減退させることがわかっている(スライド8)。

妊娠週齢と胎児の重量・窒素・脂肪量を調べた研究によれば、31週から40週までのDGは0.6kgなのに対し、37週から40週までのDGは1.0kgだった。分娩前、初乳10kgを産生するためのエネルギー要求量は、子宮が必要とする1日あたりのエネルギーの13倍に相当する。繁殖とのエネルギーの関係として、従来は、周産期のエネルギー不足が卵子に影響を与え、繁殖成績が悪化すると考えられていたが、この頃は、周産期のエネルギー不足が卵子もしくは子宮の免疫に影響を与え、繁殖成績が悪化すると認識されている(スライド9、10)。

また、体脂肪動員の結果、NEFAが上昇すれば、肝臓で過酸化物が生成され、酸化ストレスを誘発。潜在性子宮内膜炎につながる恐れもある。

経営と投資の問題を改善するには、「着眼大局、着手小局」が重要。

スライド11:経営と投資の問題改善に必要なこと

経営と投資の考え方として、機会費用、機会損失、逸失利益がある。機会費用は、自分の農場で働くと一日3万円の所得だが、外で働くと4万円の所得が得られるといった視点。それなら外に行った方が有利だと、私は言っている。機会損失とは、産む牛が少ないので出荷乳量が増えない、売れるのに売れるモノがない、ミルクタップがあるのに哺乳牛や乾乳牛がつながれてしまっている、といった状況を指す。逸失利益は、売ろうと思った子牛が死んでしまった、抗生物質を使ってしまい出荷できない、などが挙げられる。改善するためには、「着眼大局、着手小局」が重要だと考える。細かい部分に入り込むと、原因が見えなくなるが、答えはとても大きなところにある。

どうすればいいのかは、この3つしかない(スライド11)。まずは、基本に忠実になること。そのためにも優れた牧場を見て、なぜ優れているのかを考える必要がある。理由がわかれば応用範囲が広がる。次に、原理原則に忠実になること。酪農家も科学を勉強しなければいけない。そして、牛に聞くこと。目の前の牛を見て、傷があれば問題のサインに違いない。

乳房炎を何とかしようとすると、蹄病も減ってくる。蹄病を何とかしようとすると、周産期疾病も減ってくる。すべてつながっている。一つのことを一生懸命行えば、全体の改善に結びついていく。そのためにも、当事者が科学を勉強してくれなければ、話が通じない。たとえば、牛の食べ方も管理学、つまりは科学である。それを目の前にいる牛が表現しているのを、獣医の先生たちが介入し、酪農家に意味を伝える必要がある。伝えることは実に単純。簡単なことが全体を支配している。複雑なことなど一つもない。少し頭をひねり、手法を試したり順番を変えてみたりしながら、応用範囲を広げていってほしい。

まとめ

  • 酪農発展のキーワードは、衛生と効率(文明)、教育(文化)、品質管理(=コスト)である。
  • 酪農産業の方向性として、①規模拡大、②単位生産量の向上、③品質の向上、をめざすべきであり、それらは乳牛周産期の栄養・飼養管理と密接に関わってくる。
  • 日本における1頭あたりの平均乳量が、アメリカやデンマークより2,000kgも少ないのには、周産期疾病の影響があると考えられる。
  • 高泌乳牛は周産期病発生のリスクが高まっていて、ほとんどの高泌乳牛でNEFA増加、低Ca血症が生じる。また、不適切な飼養管理が加わると周産期病が多発し、乾物摂取量・乳量の減少や受胎率低下、淘汰につながっていく。
  • 酪農における経営と投資の問題を改善するカギは「着眼大局、着手小局」。実践するためには、基本に忠実になる(優れた牧場を見る)こと、原理原則に忠実になる(科学を勉強する)こと、牛に聞く(目の前の牛を見る)ことが重要である。