バイエル薬品大動物シンポジウム 2015
樋口 豪紀 先生
基調講演

ウシのマイコプラズマ感染症

酪農学園大学 獣医学群 獣医学類 獣医衛生学ユニット 教授
樋口 豪紀 先生

ウシのマイコプラズマ感染症の主要な原因微生物はM.bovis

スライド1:マイコプラズマの分離が報告されている野生動物
スライド2:身近な動物種から分離されるマイコプラズマ種

 マイコプラズマは野生動物をはじめとして多くの動物種から分離されている。(スライド1)。イヌやネコなどの伴侶動物の場合、マイコプラズマ感染症は大きな問題にならないが、ヤギ、ヒツジ、ニワトリ、ブタおよびウシなどの生産動物の場合、重篤な感染症を引き起こす(スライド2)。

 現在、マイコプラズマは120~130種類が確認さてれているが、それらは動物種に対し、特異的に感染する。ウシの場合、約10種類のマイコプラズマが感染症に関与しているが、その多くはMycoplasma bovis(M.bovis)によって引き起こされる。肺炎、中耳炎および関節炎だけでなく、現在、最も問題になっている乳房炎などがある。多彩な病気を引き起こすこともマイコプラズマの大きな特徴である。

 ウシのマイコプラズマ感染症は基本的に一度発症すると治療が困難となる症例が多い。また、複数の臓器に対して高い定着性を持ち、血液によりさまざまな組織に移行する。さらには、有効な抗菌薬も限られており、世界的に増加傾向を示している。

マイコプラズマにより引き起こされる子牛の呼吸器疾患

スライド3:マイコプラズマと子牛のシーソーバランス

 マイコプラズマは細胞内寄生性の微生物で、培地の中での増殖には比較的、時間を要する。1歳齢程度で免疫が成熟すれば健康子牛の場合、鼻腔内のM.bovisはその殆どが消失してしまうので、積極的な治療は行わない(スライド3)。

 ただし、病原性の高いM.bovisであったり菌数が高い場合、生体はそれらに負けてしまう。また、同じマイコプラズマであっても、生体防御機構が弱い場合、つまり免疫力が下がった場合も発症が促される。子牛におけるマイコプラズマの主要な感染経路として、子牛同士の接触、環境との接触、感染乳汁の摂取、およびヒトを介した感染が挙げられる。

 1頭でも発症している子牛が牛群の中にいると、1週間程度で蔓延する可能性がある。飼育密度が高くなるほど接触のリスクも増え、密飼いのストレスによる免疫機能が低下により、感染が成立する。

 また、マイコプラズマは細胞壁を持っていないので、環境では生きられないというイメージがあるが、実際は長期生存することが報告されている。感染牛のいる飼育舎の水槽、飼槽、敷料、さらには敷料の上の麦稈、下のオガクズと、検査対象としたほぼ全ての場所からマイコプラズマが検出されている。特に水槽からは5×10の4乗CFU/mlのマイコプラズマが検出されており、汚染された水槽での飲水が集団飼育における感染の大きなファクターになっていることが分かる。

 飲水による感染において注目されているのが扁桃である。扁桃は微生物にとって免疫学的な最初の関門である。通常は、微生物が侵入するとマクロファージ系の細胞が働いて抗原を提示し、その情報を受けたリンパ球が全身を循環する。マイコプラズマは元々が細胞内寄生性なので、扁桃に存在する単核球系の細胞に侵入し、全身循環にのり各組織に移行する。この理論に関しては、閉鎖空間である関節の中にマイコプラズマがいかに侵入していくのかという一つの理由付けとして報告されている。すなわち口から入るマイコプラズマは呼吸器だけにとどまらず、全身性に大きなリスクになる。

マイコプラズマにより引き起こされる子牛の関節炎

スライド4:関節液の機能と代謝

 関節炎には様々な病態があり骨融解の他に、肺で形成されている乾酪壊死と類似の病変が確認されている。こうした病変からは白血球の死骸や高濃度の生きたマイコプラズマが大量に確認される。近年、このような重度の関節炎が増えている。

 ヒトの場合、マイコプラズマの攻撃に対し、関節を覆っている滑膜細胞と関節の中にある白血球が迎え撃つことになるが(スライド4)、ウシの場合はどうか。関節の中から滑膜の部分だけを切り出してシャーレで細胞培養し、そこにマイコプラズマを添加すると強い細胞応答を引き起こすことが明らかになっている。

マイコプラズマにより引き起こされる胎児感染

 胎児感染については、ここ数年、各国から色々な報告がなされている。最も有名なのは、流産胎児(ホルスタイン♀)の肺において炎症病変に認められた症例である。肺病変からはマイコプラズマが検出され、他の微生物は検出されなかった。

 本症例では、脳、肺、リンパ節、肝臓、心臓と、胎盤全ての臓器からマイコプラズマが検出されている。疫学的にどの程度の頻度で発生しているのかは分からないが、胎児期の感染が出生後のマイコプラズマ感染症の発症リスクになっている可能性も考えなければならない。

 近年、生まれてから2~3日でマイコプラズマ性肺炎や同関節炎の症状を呈する子牛も増えており、胎児の段階で感染が成立しているのではないかとも言われている。もともと親が持っていたものか、あるいは生殖器に定着していたものかなど分かっていない。

マイコプラズマにより引き起こされる乳房炎

スライド5:マイコプラズマ乳房炎の病態
スライド6:新しいバルクスクリーニングの流れ

 マイコプラズマ性乳房炎はM.bovisM.bovigenitaliumM.californicumの3菌種が主要な原因菌種で、約9割を占める。全体としてみると6~7割はM.bovisによって引き起こされていることが報告されている。

 感染すると泌乳量の急激な低下や停止が起こり、発熱を示す症例もあるが、明確な全身症状は示さないことも多い。診断には、PCR法や病性鑑定指針に則った培養法が用いられる。では、積極的な治療を選択するべきかどうか。ケースバイケースではあるが、M.bovisで臨床症状が出て泌乳量が著しく低下している乳房炎に関しては、基本的には淘汰という選択をすることが多い。治療により一時的に排菌は止まるが、このステージに来たものは再発のリスクが高い。ただし同じM.bovisでも臨床症状を示していないものについては、積極的に治療をする。これは高い確率で治癒をのぞむことができる(スライド5)。

 治療にはニューキノロン系の薬剤とオキシテトラサイクリン塩酸塩とのコンビネーションが用いられることが多く、例えばニューキノロン系薬剤のひとつであるエンロフロキサシンに対しマイコプラズマは殆ど耐性化しておらず高い効果を有する。一方で、治療前から高度耐性株が見つかった農場もわずかではあるが報告されている。農場での薬剤使用歴を調べたところ、子牛の頃に肺炎の治療で長期間にわたって同薬剤を連用していた経歴があり、その耐性株が鼻から乳腺へ移行したと考えられる。しかし9割以上の症例では高い感受性を示している。

 また、乳房炎対策として、北海道では3ヶ月に1回の頻度でバルクタンクスクリーニングを行っている。マイコプラズマが出た場合、菌種を調べ、先述の3菌種であった場合には全頭検査をし、陽性牛の治療や隔離を行う。(スライド6)。

マイコプラズマの制圧に向けた日本の課題

スライド7:地球規模で見たマイコプラズマ性乳房炎の浸潤状況
スライド8:バルクタンク陽性率の年次推移

 世界の浸潤状況を見るとバルクタンクスクリーニングの陽性率は日本は5%以下であり、諸外国に比較すれば特別に高い数値ではないが(スライド7)、近年増加傾向にあり将来に向けて決して安心できる状況ではない(スライド8)。

 乳房炎は検査を主軸として対策を打つことができるが、その起点とされる子牛マイコプラズマ感染症のコントロールについては技術的に十分な確立には至っていない。すなわちマイコプラズマ乳房炎の予防は、関節炎、肺炎、中耳炎のコントロールも考慮しなければならないと言える。

まとめ

  • ウシの場合、約10種類のマイコプラズマが病気に関連すると言われているが、その多くはM.bovisが引き起こしている。
  • ウシにおけるマイコプラズマ感染症のリスクとして、(1)難治性 (2)複数の臓器に対しての高い定着性 (3)血液移行 (4)有効な抗生物質が限定されること (5)世界的な増加傾向 が挙げられる。
  • 子牛におけるマイコプラズマの主要な感染経路として、(1)子牛同士の接触 (2)環境との接触 (3)感染乳汁の摂取 (4)ヒトを介した感染 が挙げられる。
  • 最近の関節炎には様々な病態があり、非常に激しい関節炎も増えている。
  • マイコプラズマによって、過剰な免疫応答が裏目に出て激しい炎症を引き起こす恐れもある。
  • マイコプラズマは胎児感染も確認されている。
  • マイコプラズマ性乳房炎はM.bovisM.bovigenitaliumM.californicumの3菌種が主要な原因菌種で、約9割を占める。
  • マイコプラズマ性乳房炎の治療には、ニューキノロン系の薬剤とオキシテトラサイクリン塩酸塩とのコンビネーションが用いられることが多い。
  • マイコプラズマ性乳房炎の発症には子牛期の関節炎、肺炎、中耳炎なども深く関与しておりそれらの積極的なコントロールも考慮しなければならない。